バラエティ

江美 早苗・中里綴さんとは?ストーカー殺人事件の犯人は?

2015年5月15日放送「爆報!THEフライデー」で

80年代芸能界のタブーに迫る!あるアイドルが殺された“元祖ストーカー”殺人事件…全身22箇所を刺された惨劇の裏には謎のミステリーが!犯人は一体誰なのか?

として、

1988年3月5日になくなった、
元アイドルの江美 早苗(えみさなえ)さんが取り上げられます。

中里綴さんとは?

中里 綴さんは、

1951年3月15日島根県松江市生まれ。

本名は神田 恵美(かんだ えみ)といい、

デビュー当時の芸名は江美 早苗(えみ さなえ)、
作詞家としては、中里綴(なかざとつづる)、
別名に神田 エミ(かんだ えみ)での作品もあります。

いったい、どの名前で呼んだらいいのか、
悩ましいですが、

アイドル時代の名前、江美 早苗さんにします。

江美早苗さんは、6歳からバレエをナラ始め、
後に西野バレエ団に入団し、

金井克子、由美かおる、奈美悦子、原田糸子さんたちとともに
5人娘と呼ばれるようになりました。

由美かおるさんは、あの「水戸黄門」の「かげろうおぎん」で
有名ですよね。

1967年16歳で、西のバレエ団のメンバーによる
ダンス・グループ「レ・ガールズ」としてデビューしました。

1971年には、「新婚さんいらっしゃい」の初代司会に抜擢されました。

1972年、21歳で引退し、
西野バレエ団を退団して、松江市に戻りました。

現在とはかなりイメージが違いますが、
先日亡くなった谷桃子さん、
松山バレエ団の森下洋子さん、
そして、西野バレエ団くらいの時代まで、

バレエと、一般的に意味のスターやアイドルは
かなり近い位置にあったみたいです。

江美早苗さんが亡くなった事件とは?犯人は?

番組予告にある

元祖ストーカー殺人事件、

は1988年3月5日、
江美さんが、元夫の屋代昭彦に登山ナイフで刺されて
亡くなった事件のことです。

このときの新聞記事を見ると、

江美さんの住所は、

東京都品川区上大崎3ノ5ノ7

と出ていて、当時は、
警察発表をそのまま住所まで出していたんでしょうか。

江美さん(再び東京に戻り作詞家中野綴として活動していました)は
1981年3月、音楽プロデューサーの屋代と結婚しますが、
生活の不一致などを理由に、1985円後離婚しました。

尾代は、再三復縁を迫っていたそうです。
しかし、この日は、牛刀と登山ナイフを持っていたということですから、
最初から殺意を持って会いにきた、ってことですよね。

犯人は懲役12年の懲役になったそうです。



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