8月8日放送の「爆報!THEフライデー」で
ムード歌謡の女王 松尾和子謎の転落死
という予告が出ましたが、
今の若い人は松尾和子さんを知らないかも知れませんね。
亡くなったのは1992年、今から22年前のことです。
代表的なヒット曲は、
フランク永井さんとのデュエット曲
「東京ナイトクラブ」
な~ぜ泣くの~まつげが濡れている~♪
です。
この歌、
1フレーズずつ男女の掛け合いになっているのですが、
会話だとすると
まったくかみ合っていません(汗)
今では「ムード歌謡」というジャンル自体がないですよね。
(余談ですが、ミュージカル「エビータ」の
「ニューアルゼンチーナ」はムード歌謡だと思う。。)
他にも、日テレ系「昼は○○思いっきりテレビ」に
コメンテーターとして出演していました。
松尾和子さん謎の転落死とは?
松尾和子さんは、
1992年9月25日、自宅の階段から転落しました。
発見していたのは
同居していた甥だそうです。
その時に頭部を強打しましたが、
転落直後には、松尾本人は家族に「なんでもない」と言っていましたが、
昼過ぎに(家政婦が様子を見に行ったらしい)
ベッドで死亡しているところが発見されました。
死因は硬膜下血腫による脳圧迫。
亡くなったのは57歳です。
それに先だって、
松尾さんは睡眠薬を多量服用しての、
自殺未遂を起こしていました。
そのため、この転落死も自殺ではないか?
という疑惑が持たれていたんです。
松尾和子さんが自殺未遂を起こしたのは、
長男の政和さんが、
歌手のASUKAや、酒井法子さんと同じ容疑で逮捕
服役したことです。
マスコミは「子育てに失敗」と松尾さんの過保護ぶりを書きたて、
バッシングされましたが、
松尾さんは、「政和は私の宝物」といって
かばい続けたそうです。
死後の遺族のトラブルとは?
松尾和子さんが亡くなった後、
遺族間で遺産を巡るトラブルが起きました。
松尾さんは、亡くなった当時
7億円の借金があり、
借金は生命保険と自宅を売却することで売却で返済されましたが、
政和さんが、
服役中で何もできない間に、
返済後残ったお金を使い込まれたとして、
出所後に従兄(松尾さんの転落を発見した松尾さんの甥だと思われます)
を訴えたました。
そして
97年9月、従兄には執行猶予付きの有罪判決が下されました。
ということは本当に使い込んでいたんですよね。。。
息子がいる、ということは、
松尾和子さんには夫というか、息子の父にあたる人がいるわけですが、
大野喬、という、ミュージシャンの男性のようです。
大野喬とナイトシックス
というバンドを組んでいたようですが、
現在の情報はあまりないんですね。
番組で取り上げられるかも知れませんね。