015年2月17日放送「解決!ナイナイアンサー」
人気絶頂の最中…我が子奪われた毒舌芸人とは!?
1955年に起きた、トニー谷さんの息子、正美さん(当時6歳)
誘拐事件を取り上げます。
トニー谷さんの息子誘拐事件
1955年7月15日、下校途中のトニー谷さんの息子が誘拐され、
翌日、7月16日午後、誘拐犯から身代金200万円を要求する脅迫状が届きました。
マスコミは、
人気芸能人の子供の、
身代金目的で誘拐、として大々的に報道しました。
ここからがすごいと思ったのですが、
当時、トニー谷さんの仲間の芸人達は、
この誘拐をトニー谷さんの自作自演、狂言だと思った、というのです。
いや、いくらなんでも、警察まで巻き込んで、この狂言はないでしょ。
でも1955年、といえば、昭和30年ですから
今私たちが想像する以上に、日本ってめちゃめちゃだったのかも。
「押し売り」というのがリアルに存在した時代ですからね。
身代金受け渡しの際に犯人は逮捕され、
息子の正美さんは無事に保護されました。
トニー谷さんの家には、連日マスコミや野次馬が押しよせ、
とてもではないけれどトニー谷さん自身が
身代金を運ぶために出かけられるような状況ではなかったのは
事実なんですが、
これを理由に、
犯人に対して「代理人を立てる」ことを交渉したんですね。
それで捜査員が代理人になって身代金を持っていったのだそうです。
そういう可能性を考えなかったのでしょうか、犯人は。
逮捕された犯人は、
雑誌編集者(当時33歳)で、
長野県(犯人の地元)で雑誌の発行を計画したものの、
そのための資金がなく、
リンドバーグ事件を手本に、身代金誘拐に及んだそうです。
トニー谷さんの人をバカにした芸風に腹が立った、とも。
トニー谷さんの人気は誘拐事件をきっかけに凋落
これもまたびっくりなんですが、
トニー谷さんは被害者なのに、
事件後、
子供が誘拐されたのはトニー谷さんの悪役キャラのせいだ、
といった論調が強まり、
トニー谷さんの人気は落ち目になってしまいました。
一方で、トニー谷さんの嫌われる芸風が
舞台やラジオ放送から、テレビに移ろうとしていた時代にあわず、
誘拐事件前から人気は下がってきていた、
と言う意見もあります。
トニー谷さんの過去とは?
トニー谷さんは、芸人になるのと同時に過去の一切を封印して、
道で子供の頃の知り合いにあっても全く知らないふりをしていたのですが、
この誘拐事件で、
過去の一部が暴かれました。
それでもほとんどのことは本人が亡くなるまで隠されていました。
トニー谷産のお母さんが、妊娠中に実父が亡くなり、戸籍上の伯父を父、ということにしましたが、
この「父」からは虐待されていたそうです。
そしてお母さんが亡くなり、「父」と再婚した継母からさらに虐待されることになります。
算数や図画が得意だったものの、学問よりも家業を優先しろ、という「父」の命令で、
旧制中学を中退し、神田の電機学校に通わされました。
1942年に結婚した最初の奥さんは、トニー谷さんが出生している間、
1945年の東京大空襲で行方不明になりました。
戦後、1948年3月に、赤十字クラブで知り合った女性と再婚していますが、
この女性が、正美さんの母ということになるのだと思います。
正美さんの現在は?
誘拐事件後、正美さんは、まったくマスコミには出てないようです。
誘拐のきっかけが、雑誌に載った正美さんの写真だったため、
ことさらマスコミには出ないようにしていたのではないでしょうか。