映画

映画「君の名前で僕を呼んで」観想(ネタバレ注意)

映画「君の名前で僕を呼んで」の感想です。
特にネタバレさせない配慮はしませんので、
ご了承の上読んでください。

私は、本作の脚本ジェームズ・アイヴォリーの「日の名残り」も
監督ルカ・グァダニーノの「ミラノ、愛に生きる」も見ていませんし、

出演した俳優さんたちの他の出演作品も見ていません。

そういう、映画に特に詳しいわけではない人間が、
1回、この作品を見た感想を、その日のうちに殴り書きしたものです。

それから、同性愛を否定するものではまったくないですが、BL作品は好きではありません。
そういう立場で見た、と思ってください。

イタリア映画ではない、たぶん

ポスターと、別の映画を見たときに見た予告編だけの予備知識で、

舞台が北イタリアで、
主人公の一人が「エリオ」というイタリア人らしい名前なので、

イタリア映画だと思っていったら、

しょっぱなで、”Call Me By Your Name”、と英語のタイトルが表示され、
登場人物が英語で話しているのでびっくり。

監督はイタリアの人なんですが、

エリオの一家はフランスやアメリカも入ったユダヤ系で、
オリヴァーはユダヤ系アメリカ人。

映画の中ではメインキャラクターはほとんど英語とときどきフランス語で話し、
町の地元の人との交流がイタリア語という感じでした。

2人がユダヤ系であることの意味は、
ヨーロッパやアメリカに暮らす人なら
もう少し何か感じられるのかな。

物語の舞台は、ほとんどが、エリオ一家の別荘を舞台にしています。
その家の台所、窓、果樹園のアプリコットの樹、
町の広場などが、同じ角度で何度も映し出されるので、

不思議と、自分もその家に滞在して町に出かけ、
だんだんどこに何があるかを覚えてなじんていくような
気持ちになります。

BLものではない、と思います

ストーリーは、

1983年の夏、北イタリアのある町に、
両親とともに避暑に来た17才のエリオと、
大学教授であるエリオの父を手伝いに来た大学院生で24才のオリヴァーの
ひと夏の恋と別れ

なのですが、

同性愛、LGBTがテーマなわけではないと思いました。

エピソードの中に、両親の友人らしいゲイのカップルが登場しますが、

エリオとオリヴァーには、それぞれ異性の相手がいますし、
オリヴァーはイタリアを離れた後に、2年越しの恋人と婚約します。
どちらも、同性愛であることをカムフラージュするために異性と付き合っているようには見えません。
また、今後、二人がバイセクシャルでい続ける感じでもないと思います。

ただ「彼だったから」ひかれただけ。
相手がたまたま同棲だっただけなんだろうと思います。

同性に強い恋情を抱いていることへのとまどいはありますが、
同性じゃないと愛せないとか、自分の男性性に違和感がある、
という風ではありません。

ただ、もしも、エリオとオリヴァーのどちらかが女性だったら、
7才の年齢差と夏が終わったら去っていく条件はそのままでも
ふたりの躊躇の何割かは減ったんじゃないかと思います。

どちらかというと、オリヴァーの方が当初自制しているのは、
年齢もありますが、
アメリカとイタリア(フランス)の文化の違いもあるのかなと。

この映画12禁なので、それほどキツい描写はない方ですが、
自慰や、異性とのラブシーンも含めて、
「もういいです。」とは思いました(笑)

で、エリオとオリヴァーの間に行為はあるわけですが、
ふたりの会話は、直接的に「好き」とか「愛している」とは言ってなくて(たぶんまったく)
暗示的です。

私はラブシーンで引っかかって、
恋をしたときの心の揺れの描き方が、多くの人が共感できるように
描かれているんだろなあ、とは感じつつ、
入りきれなかったところもありますが。
全体的な雰囲気はプラトニックで、フラット。

タイトルになっている「君の名前で僕を呼んで」というのは、
見る人によっていろいろな意味に取れると思います。

“Later”(後で)がオリヴァーの口癖ですが、
エリオに対しては「今すぐに」というようになるのが、
彼の心の変化を表していることとか。

アネラ(エリオの母)がドイツ語から翻訳しながらフランス中世の恋愛物語を読み聞かせる場面とか、
父のパールマン教授が、ローマ彫刻のスライドを映し出している場面とか、

恋愛や官能を比喩として描いている場面の描写はとても美しいです。

何も起こらない話

いや、エリオとオリヴァーは恋をするし、
同時にエリオはマルシアと付き合っているし、

という意味では、何も起こらないわけではないのです。

しかし、

突然事故で誰かが川でおぼれ死んだり、
町でケンカになったり、

といった衝撃的な大きなドラマは何もありません。

こういう展開でいちばんありがちなのは、
二人がお互いに好意を持っていることを知った親が、オリヴァーに出て行ってくれ、
という、

とか、肉体関係を持ったことを知って
オリヴァーを追い出す、

などのエピソードかと思いますが、それもありません。

この両親、甘いとかではなくて、
エリオを個人として尊重し、彼の意思を大切にして、行動させて、
悩んだり、悲しんだりすることがあったら全力で支えるから、という姿勢なんですよね。

1983年という時代

物語の舞台は1983年。

野外ディスコで流れる音楽や、
2人が旅に出たときに夜の町で、音楽をかけている若者たちに出会う場面の音楽は
WOM!みたいな曲です。

そういえば、
冒頭の方で、坂本龍一のアルバム「音楽図鑑」M.A.Y. IN THE BACKYARDが使われていたと思いますが、
これはオリジナルは1984年

今から30年以上前ですから、
スマホはもちろん、携帯もなくて、家の電話はダイヤル。

2人がメモをやりとりするのも、今ならスマホでのメッセージでしょうし、

教授が資料をチェックする場面も
もし、現代が舞台ならタブレットとプロジェクターを使っているでしょう。

マルシアが、エリオに「3日連絡をくれなかった」と言いに来るのも、

当時の連絡手段でのことと
今のメッセージ既読スルーとは意味合いが違ってくるはず。

「あの時代」をぜんぜん知らない若い人が見ると
どう感じるのかな、と思ったりしました。

イタリアには住めないかもしれないと思ったこと(笑)

まず思ったのは

「この家は鍵とかかけないんだろうか?」という点。

あ、なんか「プロヴァンスの贈り物」も似たような家で、
似たような状況だった気がする。

しょっちゅう、家の中にまで友だちがすたすた入ってきて、
友だちならまだいいですが、防犯はどうなっているのか謎です。

あと、映画だからなのか、
本当にイタリアではこうなのか、
分かんないですけれど、約束の仕方が適当。

エリオが鼻血を出して休んでいる時、
マルシアとキアラが訪ねてきます。

ちょうどその時、自転車ででかけようとするオリヴァーに、
キアラが「すぐに戻るからそこで待っていて」と言うのですが、

オリヴァーは2人が家に入っていくとそのまま出かけてしまうし、
キアラはキアラで、すぐに出ては来なくて、マルシア、ソファで寝ているエリオと
話している。

これ、自分だったらどっちの立場だとしても「はあ?何なの?」と腹立てると思う(笑)。

はなから待つ気がないならそう言えばいいし、
待ってと言ったキアラも、もし本当にオリヴァーが待っていたらどうするんだ。

イタリアって、こんな感じなのかな?

だとしたらイタリアには住めないかな・・・

このシーンのためだけでも見る価値がある

大学関係の調査で、別の町に行きそこからミラノ経由で帰国することになったオリヴァー。
アネラの提案でエリオもオリヴァーに同行し
彼らは数日間2人で過ごせるのですが、

当初の予定通り、オリヴァーは去っていきます。

エリオはオリヴァーと別れた駅から電話をかけて
アネラに「迎えに来てほしい」と頼み、
アネラが車で迎えにきます。

途中、母が店に寄っている間に、
マルシアがエリオに近づいてきます。

エリオがオリヴァーに夢中になっていたため
(マルシアにはそのこと自体は知られていないはずですが)
マルシアときまづくなっていたエリオですが、

マルシアはエリオの様子を見て気遣い、
「怒っていないわ。あなたのことが大好き。ずっと友だちよ」と言います。

そして、帰宅したエリオに、パールマン教授が、

「感情をなかったことにするのはもったいない。
痛みを無理に葬ってしまわないように。
感じた喜びを大切にしていくように。」

と語るシーンは、
ここを見るためだけでも
この作品を見る価値があると思います!

「君の名前で僕を呼んで」のラストシーン

パールマン教授がエリオに話した場面で
この映画終わるのかと思ったんですよ。

しかし、場面は、冬、ハヌカ(ユダヤ教のお祭り)の季節になります。

エリオ一家が北イタリアのこの町に滞在するのは
夏と、ハヌカ、そして春の過越祭の時期。

ろうそくがともされ、
金貨の形をしたチョコレートを飾ったりする、ハヌカの様子の後、

オリヴァーから電話がかかってきます。

「何一つ忘れない」

オリヴァーの電話は、婚約の報告でした。

電話の後、
暖炉を見つめるエリオの顔のアップと
その背後でテーブルの準備をする
アネラとマファルダの姿にエンドロールがかぶります。

まとめ

最初に書いたように、BLにはまったく興味がないので、私にはわかりませんが、

BL作品が好きな方、二次創作をしているような方が
この映画を見たら、たぶん、そういう観点からの萌えポイントなどもあるのかとは思います。

対象が異性であっても、

同性であっても、

年齢差や社会的な立場などの問題があっても、

もしかしたら、その思いの対象が人間でなかったとしても、

恋する気持ちを持っていけないケースなどない。
そんなことを考えたりしました。



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